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【本・映画等の紹介、評論】

手塚治虫「戦争漫画」傑作選

手塚治虫 著/祥伝社新書

戦争体験を生々しく漫画に反映

 戦争(第二次世界大戦)をテーマにした手塚治虫の漫画傑作選7編。フィクションも加味されているが、作者自身の体験が生々しく反映されている。この体験を理解せずして後の膨大な漫画・アニメ作品の本質は語れないだろう。以下、各作品のストーリーと感想を述べてみる。

 第二次世界大戦の痛みから

紙の砦……初出誌:「週刊少年キング」1974年9月30日号
ストーリー: 出版統制で漫画が一切出版できなくなっていた戦時下、それでも大寒鉄郎は、教練や勤務動員先で監視をかいくぐって漫画を描いていた。そんな時に出あったのがオペラ歌手志望の岡本京子。ともに周囲の冷たい視線に曝されながらも、将来の活躍を夢見て耐え忍んでいた。昭和20年3月、大寒鉄郎が見張り役としてヤグラに登らされている時、空襲が町を襲い大怪我を負う。しかし彼は自分のこと以上に岡本京子のことが心配になり、探しに行くと……

多少のフィクションは加味されているにしても、大寒鉄郎は手塚治虫自身(大寒[おおさむ]≒治虫)がモデルだろう。戦後、質量ともに超人的な仕事をこなした手塚の原点がここにあるようだ。

新・聊斎志異 女郎蜘蛛……初出誌:「週刊少年キング」1971年1月17日号
清の「聊斎志異」にちなんで道行く人たちから奇異な話を集める手塚。「女郎蜘蛛」は、戦時中、軍に協力して戦争画を描いた男(丸橋元太郎)と、命令を断って自身の好きなものを描き続けた男(間島誠二)の物語。二人はかつて由紀という女性に恋していたが、彼女は丸橋の豹変ぶりを軽蔑し、間島と恋仲になる。丸橋はこれに嫉妬し、特高に依頼して間島の眼をつぶしてしまう。絶望する間島に由紀は、自分が眼となって手伝うから絵を完成してほしい、と励ますが……

戦後、「戦争画を描いた」ということで多くの画家が糾弾され、名誉を失った。この痛ましい歴史は忘れてはならない。手塚自身の立場は、軍に睨まれながら画家としての良心を貫いた間島誠二にあるのだが、軍に協力せざるを得なくなった丸橋元太郎にも同情を寄せていることが読み取れる。

処刑は3時におわった……初出誌:「プレイコミック」1968年6月創刊号
拷問に耐え続けるユダヤ人から秘密の薬「時間延長剤」を入手したナチスのレーバー中尉。戦後、「捕虜虐待、暴行、殺人の罪」により連合軍に裁かれ、銃殺刑に処せられることになったのだが、レーバーはこの薬さえあればもう絶対おれは安全だ≠ニ高をくくる。案の定、弾丸はまるでカタツムリのようにノンビリ飛んでくるのだが……

戦時においては狂気が通常となり、良識は弱者の戯言として廃される。歴史に残る英雄の多くは、レーバー中尉のような狂気を持つ者だったのかも知れない。最初の頁に結末が提示されているにも関わらず、最後まで目が離せない内容だ。

大将軍 森へ行く……初出誌:月刊少年マガジン」1976年8月号
太平洋戦争末期、南方軍総司令部の名将 雨月大将がベトナム上空で消息を絶った。雨月は奇跡的に助かり、若い男女二人が住む村に滞在するが、ここはかつて日本軍が村民虐殺を行った村だという。雨月は「日本軍は正義の軍隊だ」と主張しつつも、若い二人の願いをかなえてやることにする。しかし日本軍は再びここに進出をはじめ、若い二人の正体も明らかとなり……

軍の作戦により平和な村が突然陣地となり、作戦変更によりその陣地さえ捨てられる。戦争がいかに虚しく不毛であるか、そして大々的な損害を残すものであるかが、森の伝承を織り交ぜつつ静かに語られる。

モンモン山が泣いてるよ……初出誌:「月刊少年ジャンプ」1979年1月号
チビで弱虫でいじめられっ子のシゲル。ポプラ相撲に勝ちたい一心で、蛇神社近くのポプラの葉を物色していたのだが、そこで白ヘビにとりつかれている≠ニいう噂の男と遭遇する。シゲルはこのヘビ男のお陰でポプラ相撲で連勝するのだが、同時にいずれ戦争によって森が破壊されてしまう≠ニの警告を受ける。

戦争の悲惨さは、大砲や銃で人命が失われることが第一だが、それ以外にも、森や林が大々的に破壊されることも挙げなければならない。ただ、森林伐採は平和な時代でも進んでしまうことが嘆かわしい。

ZEPHYRUS(ゼフィルス)……初出誌:「週刊少年サンデー」1971年5月23日号
昭和20年、日本は制空権を米軍に取られ、国民は空襲に怯える毎日。学校では本土決戦にそなえて実践訓練と防空壕ほりに明け暮れていたが、主人公は周りから睨まれながらも昆虫集めに勤しんでいた。特に「ゼフィルス」という妖精にちなんだ名を持つ蝶を追っていたのだが、その途中で特高(特別高等警察)から脱走兵の捜査協力を要請される。

特高から逃げ回る生活の悲惨さは、当時は各地で垣間見られたことだろう。一旦戦争になれば、個人の本心など跡形もなく踏みにじられる。そして、心を踏みにじることを喜びとする人間がのさばるのも戦争。

すきっ腹のブルース……初出誌:「週刊少年キング」1975年1月1日号
占領軍の不条理な差別と乱暴に遭いながらも漫画を描き続ける大寒鉄郎。新聞社に勤める河原和子は彼の才能を高く評価し社に売り込んでくれる。漫画家としての第一歩と恋愛を同時に手に入れた鉄郎。お祝いに中華料理屋の金さんがご馳走してくれるというのだが……

占領軍の行状について、作者は――<占領軍の乱暴は ひどいものでありました あっちこっちで なぐられたり殺されたり 女の子がイタズラされたりしました それでも アメリカ兵は たべものとお金を持っていたので たべていくために 女の中には 自分から アメリカ兵のいいなりになる者も いたのでありました>と注釈していている。
すきっ腹であることが、いかに情けないことか。一番大事なものを失ってしまった鉄郎を通し、切々と語られる。

{手塚治虫「戦争漫画」傑作選U}

[Shinsui]平成19年9月10日


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