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【映画・書籍等の紹介、評論】

ALWAYS三丁目の夕日

日本の一つの原風景


◆ ベタが新鮮

 映画の舞台は昭和33年の東京。人気コミック「三丁目の夕日」(西岸良平原作)の中で、特に半世紀近く前の昭和33年が選ばれた理由を資料で調べると、この年は月光仮面のオンエアが始まり、国立競技場が落成、長嶋茂雄がプロ野球デビューし、一万円札やインスタントラーメンも登場している。そして力道山が空手チョップを連発すれば、暮れには東京タワーが完工を迎えている。つまりこの頃の日本は、戦後の混乱を引きずりながらも生活が安定し、世界に向けて発展する基礎固めが始まっていた頃なのだろう。特に映画の進展と東京タワーが建設されていく様子は、日本発展の兆しが象徴的に描かれていて印象深い。アニメ「となりのトトロ」も昭和30年代初期の設定と聞くから、都市も農村も日本の一つの原風景が形作られていた頃ともいえる。

 それにしてもこれほどベタな脚本・映像も珍しい。住み込みで働く星野六子(掘北真希)の故郷との関係、戦災で妻子を失った詫間史郎(三浦友和)の見る夢(町医者が往診するのは復活してほしい)。居酒屋のおかみ石崎ヒロミ(小雪)は親の入院で借金を背負い、母に捨てられた古行淳之介少年(須賀健太)は厳しい境遇ながら多くの人情に助けられる。そしてこの淳之介の父親が実は大会社の社長 川渕康成(小日向文世)と分かり親元に引き取られていくのだが……    と、こうした人情話の王道は一つ間違うと失笑モノだが、丁寧なつくりが新鮮な感動をもたらしてくれる。ベタで成功すれば怖いものなし、いずれ「昭和30年代の下町を描いた象徴的作品」とトトロなみの評価を得る可能性もある。

◆ 二つの夢が夕日の彼方に

「戦争に行ったことないくせに」と鈴木則文社長(堤真一)が喧嘩をふっかけると、「ロシア文学も読んだことないくせに」と東大出の小説家茶川竜之介(吉岡秀隆)が応じる。下町の向こう隣には対照的な人間模様がある。
 当時「三種の神器」といわれたテレビ・洗濯機・冷蔵庫を手に入れた則文は、単なる自動車修理工場を「大会社にしてみせる」と意気込む体育会系の社長だ。対してかつて芥川賞候補にもなった茶川竜之介は、今は三流少年誌に冒険小説を執筆しつつ駄菓子屋の店主におさまっている。

 この二人が見い出そうとするものは、おそらく当時の人々が夢描いていたものを代弁しているのではないだろうか。一方は、一生懸命働き会社を大きくして海外にも打って出ようという熱血中小企業社長の夢。もう一方は、列車が磁力で浮上しダンプは月面基地まで建設するという21世紀に向けて思い描いた小松崎茂的空想。その空想小説を書く竜之介が駄菓子屋のくじには「すか」ばかり書き「現実は厳しいんだ」と漏らすあたりは皮肉だが、この二つの夢は正反対のようでありながら互いに関連して日本を支えてきた。
 汗をかいて働いた成果は奇跡的な高度経済成長を実現し、空想の産物は漫画やアニメやゲーム等となって世界を駆け巡る。そして未来に夢を描いて発明した製品は、世界にメイド・イン・ジャパンを認識させ、物真似ではないオリジナルで高品質な文化を花開かせ、ロボット大国日本の礎となった。

 こうしていよいよ夢の世紀であるはずの21世紀を迎えて、かなりの年月が経った。「私たちはこれで本当によかったのかな?」と振り返るとき、一つの原風景を鏡に、自らの姿を写してみることになる。
「うーん、似ているけど何かが違う」と誰もが漏らすこの日本の現状。川渕康成のような嫌味な奴が世にはばかっているせいだろうか(「深紅」同様、小日向文世のはまりキャラ?)。

 遥かいにしえには、沈む夕日を見て浄土を観じる行者がいた。昭和30年代の人々も、完成した東京タワーの背に美しい夕日を眺めていた。今の私たちも、そして遥か未来の人々にとっても、やはり夕日は何かを映し出してくれるにちがいない。

続編 『ALWAYS 続・三丁目の夕日』の紹介はこちら→

公開:
2005年11月
監督
山崎貴
脚本:
山崎貴、古沢良太
音楽:
佐藤直紀
出演:
堤真一、吉岡秀隆、小雪、薬師丸ひろ子、掘北真希、もたいまさこ、三浦友和 他
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