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【本・映画等の紹介、評論】

反乱のボヤージュ

野沢尚 著/集英社

 時代錯誤のフィクションと裏にあるリアリティー

 首都大学の学生寮(弦巻寮)をめぐる寮生と大学側の闘いを、青春群像を交えて書かれた小説。ただし全くのフィクションである。

 大学側は古くなった寮の取り壊しをもくろみ、元刑事の舎監名倉憲太郎を送り込む。どうせフェロモン系「マミたん」でも来るのだろうと安易に考えていた寮生は、根性の座った体育会系の舎監の出現に面食らう。この名倉という舎監は、かつて過激派から散弾銃を受け負傷した経験を持ち、以後そうした若者に容赦なく警棒を叩きつけることが生き甲斐になった、という経歴の持ち主だった。しかも、その時代の大学生の方が現状の寮生よりはましである、と名倉は言う。

「彼らが迫ってくる時には地鳴りが聞こえてきた。それに比べてあなたたちは、ただ漂っているだけだ。足音なんて聞こえない。
<中略>
あなたたちは国立大学という体制に挑戦することで、他の学生とは違うものを手に入れた気分になっている。実は何でもよかったんでしょう。たまたま手に入れた覚醒剤だったんです。大学に反抗することで、小さな自分を大きく見せているに過ぎない。幻覚を楽しんでいるんです」

 このような思想を旗印に、徹底的に寮の取り壊し工作を行なうのかと思いきや、名倉は寮生の個人的な問題に助力し、時には身体を張って彼らを守る。名倉をつき動かしている原動力は何なのか、頁が進むにつれて次第に各人の背景も明らかになってくる。
 やがて、寮の存続を問う時期がやってきた。大学側は卑怯な手段を講じ裁判所より廃寮の強制執行の権利を受ける。次第に追い込まれる寮生たちが最後に取った手段とは・・・

 反乱を通じて一人ひとりが成長する物語、といえばよくある話のように思うが、凡庸な小説との違いは明らかである。何を守り何と闘うのか。物語全体は甘く切なくとも、芯はしっかりしているので、読後感も非常に良い。ちなみに野沢氏は、全共闘世代とは違い、その後の個人的野望を謳歌した世代である。学生運動や現在の学生気質に対して冷静な視点があるのはそのためであろう。

[Shinsui]


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